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by Patch_It_Up
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福島に生まれ青森に育つ。18歳で画家を志し上京。紆余曲折の末、50歳にして画業に専念。油彩&水彩の風景画・人物画に日々取り組んでいます 。
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作品・古事記より第五章・ 七『大長谷王子(オオハツセ)の報復』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #7. “Retaliation of the Prince”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

Mayowa who assassinated Emperor Ankou fled to the mansion of the minister "Tsubura".

The youngest brother of the Emperor "Oohatsuse" was furious. And he consulted the emperor 's revenge to the two older brothers, Kurohiko and Shirohiko. However, the two older brothers were indifferent. Oohatsuse shouted, "You guys planned the assassination of the Emperor?", And killed the two older brothers.

Oohatsuse led the soldiers and surrounded Tsubura's mansion. Tsubura 's soldiers shot arrows. Oohatsuse did not attack. Because Tsubura's daughter "Karahime" is in the mansion. And Oohatsuse talked with Tsubura. Oohatsuse said "Let give Mayowa to me." Tsubura replied, "I will give you my daughter and territory, but I can not give you the young prince who relied on the vassals."

Tsubura turned his back against Oohatsuse and tried to get back to his mansion. Oohatsuse shouted "shoot!" Many arrows flew and stabbed Tsubura 's back. Tsubura entered the mansion house and hugged Mayowa.

Oohatsuse tried to enter the mansion following Tsubura. Karahime kneeled before Oohatsuse and said, "Please don't stop my father's actions." At that time, Tsubura shouted "Please forgive me!" And he stabbed a sword in Mayowa 's chest. Next, Tsubura cut his neck and fell while holding Mayowa.

Oohatsuse grabbed hand of Karahime and left the mansion. And he ordered the soldiers to put the fire on the mansion…

 安康(あんこう)天皇を実父の仇として暗殺した七歳の眉輪王(マヨワノミコ)は、重臣の「都夫良意富美(ツブラオオミ)」の屋敷へ逃げ込んだ。都夫良意富美、または葛城円(カツラギノツブラ)は葛城氏の豪族で、かの建内宿禰(タケノウチノスクネ)の曾孫(ひまご)である。

 安康天皇の末弟、大長谷王子(オオハツセ)は、帝(みかど)の死を嘆き悲しんだ。そして、兄の黒日子王(クロヒコノミコ)にマヨワの処罰を相談した。ところが、クロヒコは「ガキなど放っておけ」と無関心であった。逆上したオオハツセは兄の襟首を掴んで庭に引きずり出し斬り殺した。その足でもう一人の兄、白日子王(シロヒコノミコ)の屋敷へ行き、「マヨワを殺そう」と誘ったが、シロヒコも聞く耳持たずであった。オオハツセは、(もしかしたら、この兄どもがマヨワをそそのかして帝を討ったのか)と疑い、シロヒコも引きずり回し生き埋めにして殺した。

 オオハツセは兵を率い、ツブラノオオミの屋敷を取り囲んだ。ツブラの兵たちが一斉に矢を放った。オオハツセは、ツブラの美しい娘「訶良比売(カラヒメ)」のことを思い出し、自軍の応戦を制し、ツブラと話し合うことにした。ツブラは、「娘と五カ所の領地を差し上げましょう。しかし、臣下を頼ってきた幼き皇子を渡すわけにはゆきません」とオオハツセに背を向けた。「射て!」、オオハツセの一声で、兵はツブラの背中に矢を放った。ツブラは屋敷へ戻り、マヨワを抱きしめた。オオハツセは太刀を抜いて屋敷に入り込んだ。カラヒメが、「最期は父にお任せを」とひざまずいた。その時、「お許しを!」とツブラはマヨワの胸を剣で突いた。そして自らの首を斬り、マヨワを守るようにうつ伏せに倒れた。

 オオハツセはカラヒメを連れ出し、屋敷に火を放つよう兵に命じたのであった。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-23 15:22 | 古事記・絵物語

RADWIMPSの「HINOMARU 」

問題になっているこの歌。左翼・反日勢力が騒ぐのはよーく分かるが、保守側からも歌詞が古い文献からのコピペ調で意味が伝わらんとの批判もある。が、実際に聴いてみると、「ボクたち日本人は、何か忘れてしまったんじゃないの」といった若い子からの純真な問い掛けのように聴こえる。これ、いい曲じゃないか

Youtubeを貼り付けて皆さんに紹介しようとしたが、瞬時に削除されている模様。恐るべき反日攻勢。皆さん、どこかでこの歌を聴いてください。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-23 03:05 | 日本の趣

第五章・ 六『幼き暗殺者』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #6. “The little assassin”

30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

The 20th emperor "Ankou-Tenno" wanted marriage between his younger brother Oohatsuse and his relatives' daughter Wakakusaka. So the Emperor let the messenger go to the mansion of Wakakusaka's older brother "Ookusaka". And the messenger ordered his sister to come to the Imperial Palace. Ookusaka was very pleased. And he handed the crown decorated with jewels to the messenger. That means "I will offer my sister." However, the messenger was steals and hides the expensive crown and does not hand it to the Emperor. And the messenger told the Emperor, "Ookusaka said that he will not give his sister to the imperial family." The Emperor was furious, he immediately took a soldier and went to Ookusaka's mansion and killed Ookusaka. And the Emperor took Ookusaka's wife "Iratsume" and her seven-year-old son "Mayowa" to the Imperial Palace. The Emperor made "Iratsume" the Empress.

One day, the Emperor was drinking Sake in a room worshiping the gods. Empress came in and asked the Emperor, "Do you have trouble?" The Emperor said to the Empress, "Yes, I killed Mayowa's father, Mayowa will revenge me one day." The Empress said, "Do not worry, because you are gentle, me and Mayowa is happy forever."

At that time, Mayowa was playing under the eaves. And heard the words of the Emperor. Mayowa jumped into the room and robbed the emperor's sword. And he held the sword on his head like a spear. The Empress shouted "Mayowa! Please, release that sword!" Mayowa cried, "Mama, please don't stop me !" And Mayowa rushed and stabbed the emperor with a sword.

AD 456,Emperor Ankou who was 56 years old was assassinated by a 7 years old little boy. . .

 允恭(いんぎょう)天皇の崩御にともない、五人の皇子のうち第一皇子の「木梨軽王(キナシノカル)」が皇位を継ぐことになったが、キナシノカルは臣下によって実妹との不適切な関係を咎められ宮中から追放、悲恋の兄妹は心中の道を選んだ。よって、第二皇子「穴穂御子(アナホノミコ)」が第二十代安康(あんこう)天皇となられ、石上の穴穂宮(いそのかみのあなほみや=奈良県天理市)で天下をお治めになった。

 天皇は、末弟の大長谷王子(オオハツセ)に妃をとらせることにした。相手は仁徳天皇の娘「若日下王(ワカクサカ)」である。ワカクサカは天皇とオオハツセにとっての叔母(父、允恭天皇の異母妹)にあたるが、歳は近かった。そして天皇は、ワカクサカの兄、つまり叔父である「大日下王(オオクサカ)」に遣いを出し、「ワカクサカをオオハツセの妻に迎えたい」旨を伝えさせた。オオクサカは大変喜び、返礼の意味で立派な宝飾を施した冠を使者である根臣(ネノオミ)に託した。ところが、ネノオミは欲に目がくらみ、その献上品を盗み隠し、天皇には、「オオクサカは『大切な妹を渡すものか』と太刀の柄を握り怒りました」と報告した。激怒した天皇は、ただちに兵を出しオオクサカを斬り殺した。そして、オオクサカの妻である「長田大郎女(ナガタノオオイラツメ)」を連れ去り、皇后とした。

 騒動が収まったある日、天皇は神に祈りを捧げる御殿で酒を飲み、皇后の膝枕で昼寝をしていた。まどろみの中、「いつかそなたの子「眉輪王(マヨワノミコ)」が、私が実の父親を殺したことを知ったら仇を討とうとするだろうな」とつぶやいた。皇后は笑い、「帝(みかど)がお優しいので、私もマヨワも永遠に幸せでございます。ご心配なさらずに」と天皇をなだめた。マヨワノミコとは皇后の七歳になる連れ子である。

 その時、マヨワは御殿の軒下で遊んでいて、天皇の言葉を聞いてしまった。マヨワは御殿に飛び上がり、天皇の太刀を抜いて槍のように上段に構えた。皇后は天皇を庇い、「マヨワ!、太刀を下ろしなさい!」と泣いて訴えた。しかしマヨワは構わず突進し、「父上の仇!」と叫んで天皇の首に太刀を突き刺した。

 五十六歳の安康天皇は、七歳の継子に暗殺された。その悲報を聞いたオオハツセは、怒りに体を震わせるのでありました。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-20 10:56 | 古事記・絵物語

なぜにTVニュースは皇后陛下を「皇后さま」と呼ぶの?

 最近の地上波TVのニュースを見ていると、皇后陛下を「美智子さま」とか「皇后さま」と呼んでいる。いかがなものか。また、天皇皇后両陛下以外の皇族の方々をも、ほとんど「さま」と呼ぶ。なぜに「殿下」としないのか。「雅子さま」でもないし、「雅子妃殿下」でも誤りである。正確には、「皇太子妃雅子殿下」である。我々の世代では、学校の先生までもが現皇后陛下を「美智子妃殿下」と呼んでいたが、あの時代から間違っていたのだな。

 旧皇族出身の竹田恒泰氏の解説によると、「天皇、皇后、太皇太后及び皇太后を陛下。以外の皇族は全て殿下と敬称するのが正しい」のである。よって、例えば「眞子さま」ではなく、「眞子内親王殿下」ないしは「眞子殿下」と敬称するべきである。皇族の方々への「さま」は敬称ではないのである。

 来年のご譲位に備え、正確な報道、正しい学校教育を望む次第であります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-18 03:11 | 日本の趣

第五章・ 五『倭の五王時代』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #5. “The Five Kings(Emperors) of Yamato”

30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

After the death of The Emperor Nintoku, the first Prince became the 17th Emperor "Richu-Tenno".

In the 400's AD, The Five Emperors from The Emperor Richu to the 21st Emperor "Yuryaku-Tenno" is recorded as "The Five Kings of Yamato" in Chinese old history book "Sou-jo". Because the Chinese thought that "China is the center of the world", they called the Japanese emperor "Just king." Those emperors actively made trade with China. The new era was about to begin, but the 20th emperor "Ankou-Tenno" encountered a tragedy. That story goes to the next episode...

 仁徳天皇の崩御後、第一皇子が第十七代履中(りちゅう)天皇となられ、時代は西暦400年代に入る。履中天皇から第二十一代雄略(ゆうりゃく)天皇までの約100年間を、中国の歴史書「宋書(そうじょ)」の記述から「倭の五王(わのごおう)」時代と呼ぶ事ができる。

 倭の五王とは、中国との外交に力を入れた倭国(大和国)の五代の王(天皇)、讃、珍、済、興、武をいう。それぞれが誰であるかは諸説あるが、「讃」→履中天皇、「珍」→反正天皇、「済」→允恭天皇、「興」→安康天皇、「武」→雄略天皇と考えるのが通説である。

 履中天皇の即位時、弟(仁徳天皇第二皇子)の反乱もあったが、第三皇子が第十八代反正(はんぜい)天皇、第四皇子が第十九代允恭(いんぎょう)天皇となられた。この四兄弟の母君は、かの大后(おおきさき)「石之日売命(イワノヒメ)」である。

 允恭天皇の第二皇子が第二十代安康(あんこう)天皇となられたが、安康天皇は大和朝廷史上稀に見る悲劇に見舞われる。そして、惨劇は次代雄略(ゆうりゃく)天皇まで続く。詳しくは次章より。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-16 10:10 | 古事記・絵物語

北松戸で炒飯

The working lunch of the US - North Korean summit meeting yesterday. The main dish was fried rice. So today's my lunch as fried rice(chao fan). I went to a small Chinese restaurant in my neighborhood. It was very delicious.

 昨日の米朝首脳会談、ワーキングランチのメイン料理が揚州チャーハンだったそうで、無性にチャーハンが食べたくなった。

 で本日の昼時、晴天の中30分歩いて北松戸の中華料理店「寶華園(ほうかえん)」へ。

 このいかにも「町の小さな中華屋さん」、先日松戸神社で演奏会を催した東葛雅楽会の代表のご実家で、二週間ほど前、「そういえば今年冷やし中華食ってないな」と初めて伺った。このお店、雅楽会代表のお母様が一人で切り盛りしている。元気なオバちゃんで、なんと私が中学生時代に過ごした青森県八戸市のご出身とのことで、懐かしい話題で盛り上がった。

 ということで、久々の中華屋さんのチャーハン、美味しくいただきましたぁ。。。。

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# by Patch_It_Up | 2018-06-13 15:05 | 未分類