お部屋に絵を飾りましょう
by Patch_It_Up
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福島に生まれ青森に育つ。18歳で画家を志し上京。紆余曲折の末、50歳にして画業に専念。油彩&水彩の風景画・人物画に日々取り組んでいます 。
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作品・古事記より第三章・ 七『悲劇の皇后』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 3 #7. “Empress of tragedy”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

The eleventh Emperor "Suinin-Tenno" was a master who commanded various public works, but the first marriage was a failure.

Empress "Saho-Bime" had a bad brother "Sao-Biko". That old brother and young sister has been on good terms since childhood. Sao-Biko wanted his sister to assassinate the emperor, married his sister and wanted to become an emperor. Because the Empress loved her brother, she decided to kill the Emperor.

One night, Saho-Bime swung up a dagger to stab the emperor who was sleeping. However, she became scared and could not swing a short sword. And she dropped tears on the cheeks of the Emperor. The Emperor awoke and asked the Empress, "What's do?" Saho-Bime confessed her brother 's plot to the Emperor.

The Emperor was angry and let out the army to kill Sao-Biko. Sao-Biko shut up at his fort. Saho-Bime then entered the fort to protect her older brother. Saho-Bime was pregnant, so the Emperor could not attack the fort.

A few days later, in the fort Saho-Bime gave birth to the emperor 's baby. The Emperor tried to rescue the Empress and the baby from the fortress. However, Saho-Bime delivered only the baby to the Emperor, and she returned to the fort.

The Emperor finally ordered an attack on the fort. Sao-Biko is burnt to death. Saho-Bime cried out in the fire, "Please raise the boy as a child of the Emperor". And she committed suicide…

The baby born at this time is the eldest boy of Suinin-Tenno, but his mother Saho-Bime was regarded as a rebel, so that boy was not nominated for the next Emperor.

In this way, there were many rebels who tried to rob the emperor's position. But all that was suppressed, the Emperor 's blood line was strictly protected. It is still the same now.

This is the end of Chapter 3 “The Tales of the Emperors". Next Chapter 4 “Legend of Heroes" starts.

 崇神天皇の第三皇子が十一代垂仁(すいにん)天皇になられた。垂仁天皇は、伊勢神宮の創建や大規模灌漑などの事業を行った名君であったが、最初の皇后「沙本毘売命(サホビメ)」との間には悲劇が生まれた。

 サホビメには腹違いの兄「沙本毘古王(サオビコ)」がいた。サオビコは妹の地位を利用して皇位を奪う野心を抱いていた。ある日、サオビコは妹に、「お前は夫である天皇と幼き頃より親しかったこの兄と、どちらが愛しいか」と尋ねた。サホビメは、「兄です」と答えてしまう。これは好都合と思ったサオビコは、「では、俺とお前で天下を治めよう。これで天皇を亡き者とせよ」と小刀を妹に渡した。

 その夜、サホビメは寝入った天皇に近づき、咽喉元を狙い小刀を振り上げた。しかし、思い切ることができず天皇の頬に涙を落としてしまう。目を覚ました天皇は、姫から全てを聞き出した。

 怒った天皇は、サオビコを討つべく挙兵した。サオビコは稲を積んで作った砦に立てこもり、天皇の軍を迎え撃とうとした。サホビメは宮城を抜け出し、兄の命を守るべく砦に入った。この時姫は天皇の子を身篭っており、自分がいれば天皇の軍は攻撃できないであろうと思ったのである。

 姫の思惑通り、天皇は砦を攻めあぐんだ。サオビコの籠城が続く中、姫は砦で赤子を産んだ。姫は天皇の元に遣いを出し、「赤子を天皇の御子として思し召されるのであれば差し出しましょう」と伝えた。天皇は、「そなた自身が赤子を抱いて砦から出てくるのであれば応じよう」と返された。

 まもなく、姫が赤子を抱いて砦の門から出てきた。天皇は兵の一人に、「姫もろとも髪の毛を掴んででもここへ連れてこい」と命令した。兵は赤子を受け取るとすぐに姫を捉えようとしたが、姫は髪の毛を短く切っており、着物もすぐに破けるボロをまとっていた。止むを得ず兵は赤子だけを天皇の元に届けた。

 ついに天皇は、砦に火を放つ命令を下した。謀反者サオビコは苦しみながら焼け死んだ。そして皇后サホビメも炎の中で自害したのである


 古事記には天皇の位を狙う反逆者が多く登場します。しかしそれらの野望はことごとく制圧され、現在に至るまで天皇家の血筋は厳格に守られてきました。本章のサオビコやタギシミミ(第三章・五参照)のように皇后や皇女の地位を悪用しようとした者もいたため、三十三代推古天皇をはじめとする八人十代の女性天皇の全てが独身(未婚か未亡人)で即位し、譲位以後も独身を通したのであります。

 サホビメは死ぬ直前に、赤子に「本牟智和気御子ホムチワケノミコ)」と名付けました。ホムチワケは垂仁天皇にとっての嫡男でありましたが、母親が反逆者とされたため天皇に即位できませんでした。次代天皇には、もう一人の皇后「比婆須比売命(ヒバスヒメ)」との間に生まれた第三皇子が即位しました。この十二代景行(けいこう)天皇の皇子の一人が、後の英雄「倭建命(ヤマトタケルノミコト)」となるのであります。。。。

 第三章「天皇の物語」(神の時代から人の時代へ)、これにて完結。次回より第四章「英雄伝説」が始まります。


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# by Patch_It_Up | 2018-04-22 09:45 | 古事記を描く

「すみだ北斎美術館」へ行く

 昨日四月十八日は、葛飾北斎の命日であった。で、本日思い立って両国にある「すみだ北斎美術館」へ出掛けた。

 私の主な目的は、北斎が86歳の時に牛嶋神社(東京都墨田区)に奉納した肉筆による巨大絵馬「須佐之男命厄神退治之図(すさのおのみこと やくじん たいじのず)」を観ること。この北斎最晩年の傑作は関東大震災で焼失しており、日本最古の美術雑誌「國華」明治435月号などに掲載された白黒写真しか残っておらず、専門家の監修の元で凸版印刷がデジタル復元したプリント作品が展示されている。

 絵のモチーフは、古事記や日本書紀のスサノヲのエピソードからのものではなく、絵が描かれた当時(弘化二年、1845)の世相、つまり天然痘や梅毒といった疫病や災害の撲滅をスサノヲの姿を借りて祈願したものである。

 本館の導入部に堂々と展示されたこの絵の迫力には誰もが圧倒される。スサノヲの前でおののく厄病神、魔物どもの姿は実に恐ろしい。私が子供の頃に青森の寺で見た地獄絵を思い出した。モノクロ写真から復元した高度な技術には敬服するが、やはりデジタルプリントである。綺麗すぎての無機質感がある。費用と時間を無視した発言になるが、当時の顔料を復元して現在の日本画家の手によって再現してほしかった。そう感じたのは、館内に展示された北斎の肉筆画の素晴らしさに触れたことに他ならない。

 常設展の展示数は少ないが、北斎の画業の中でも重要な作品ばかりで見応えがあった。展示を見終わり、ミュージアムショップをちょいと覗いてから図書室に行く。こじんまりとした部屋だが、北斎の画集などのライブラリーが充実していた。なかなか購入できない高価な画集の何冊かに目を通しているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった…。

 久々に散策した両国界隈。外国人観光客目当ての、無理やり「江戸江戸」気取りの店構えと街並みにちょいとめまいがしたなあ。媚び売らないのが、日本人気質の良いところだと思うんだがなあ。。。。

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# by Patch_It_Up | 2018-04-19 20:49 | 美術見聞録

映画『ターボキッド』のアップルを描く

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“Apple in TURBO KID”

22×19cmWatercolor painting

I watched the American movie “TURBO KID”(2015). This movie is very vulgar, but I like it. Apple(Laurence Leboeuf) is psycho, but I love it.

 2015年製作米国映画『ターボキッド(TURBO KID)』を観る。子供が主役のファミリー映画とばかり思っていたが、ガッツリR15指定のシビれる映画であった。「マッドマックス」シリーズ、ジョン・カーペンターの「ニューヨーク1997」、「キック・アス」、「デッドプール」、「スーサイド・スクワッド」のクレージーテイストをブレンドした一流のB級映画。

 ロランス・ブルーフというカナダ出身の女の子が演じるアップルちゃんってヒロインが登場するのだが、このキュートでイカれたキャラがたまらんので思わず絵にした次第。

 とにかく、脳みそスッ飛ぶは、内臓ゲロゲロに飛び出すシーン満載の、掘り出し物的名作でありますが、いつものことながらお嬢ちゃんお坊ちゃんは決して観てはいけませんぞよ。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-04-15 17:08 | ムービースター画

第三章・ 六『第十代崇神天皇の業績』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 3 #6. “Achievement of the 10th Emperor Sujin-Tenno”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

The Yamato country was peaceful for the 500 years of the era from the 2nd Emperor to the 9th Emperor. However, at the time of the tenth emperor "Sujin-Tenno", epidemic diseases spread, and the people suffered. The Emperor conducted a ceremony to calm the soul of the defensive Deity of Yamato country. Then the epidemic disease ceased and the life of the people was saved.

When the Yamato country became peaceful, The Emperor planned to defeat the enemies of the province. Then, we sent an army to control the Sea of Japan side and an army to control the Pacific side.

The two troops advanced while winning. And it joined in the land in the north. This land is "Aizu" (meaning to gather) in Fukushima.

As the Yamato country stabilized, the people's lives became rich and they began to provide food and cloth to the Emperor. This is the beginning of the Japanese tax system…

 大和国安泰の五百年を経て、第十代崇神(すじん)天皇の在位中、突然疫病が流行し多くの民を苦しめた。

 天皇は大和の氏神「大物主神(オオモノヌシ)」の子孫である意富多多泥古(オオタタネコ)を祭主として三輪山にオオモノヌシの魂を奉った。この儀式をはじめとして、様々な祭祀を執り行った。これによって疫病は止み、国は平穏を取り戻した。

 疫病が鎮まると、崇神天皇は各地にいる反勢力の豪族を制圧するため派兵を計画した。そして、叔父である大毘古命(オオビコ)を大将とする軍を北陸へ、オオビコの子である建沼河別命(タケヌナカワワケ)の軍を東海地方へ送り出した。

 遠征の途中、身内の謀反に遭いながらも二軍は各地を制圧しながら進軍し、ついに北の地で合流する。その地こそ「相津」、すなわち現在の福島県会津である。

 世の中が安定すると民は豊かになり、天皇に貢物を献上するようになった。これが徴税の始まりとなり、大和朝廷発展の基礎となったのである


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# by Patch_It_Up | 2018-04-15 10:47 | 古事記を描く

第三章・ 五『後継争い』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 3 #5. “Successor dispute”

30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

Jinmu-Tenno died at the age of 137. Then the child when the Emperor first got married appeared in the Imperial Palace. His name is "Tagishimimi". Tagishimimi concealed his identity and approached the empress. Empress "Isukeyori-Hime" is the mother-in-law of Tagishimimi. Tagishimimi seduced Isukeyori-Hime and made it a wife. It was the strategy of Tagushimimi who wanted to the next Emperor. And Tagishimimi made plans to kill the three brother-in-laws.

Isukeyori-Hime knew the identity and plot of Tagishimimi and reported to her three prince. Three prince was angry and decided to kill Tagishimimi. However, the two older brothers did not have the courage. After all, the youngest brother 'Kamununakawa-Mimi' who was most courageous and loved his mother killed Tagishimimi.

In this way, Kamununakawa-Mimi became the second Emperor "Suizei-Tenno", and the older brothers served as priests…

 神武天皇は137歳で崩御された。すると、日向に残した天皇の庶子の一人である多芸志美美命(タギシミミ)が大和国へ現れた。タギシミミはあらゆる策を練って、皇后にして義母にあたる伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)へ接近した。そして自らの妻とした。タギシミミの目的は、次の天皇候補である三人の義弟たちを亡き者とし自らが即位することであった。

 タギシミミの正体と謀略を知ったイスケヨリヒメは、密かに実子達に報せた。兄弟は話し合ってタギシミミを殺そうとした。しかし、いざとなると二人の兄は度胸がなく武器をまともに持つことができなかった。それを見ていた末弟の神沼河耳命(カムヌナカワミミ)は、兄の剣を奪い取ってタギシミミを斬り殺した。二人の兄は、末弟に皇位を譲り、神官となって仕えることを誓った。

 こうして、神沼河耳命(カムヌナカワミミ)は第二代綏靖天皇(すいぜいてんのう)となり、天下をお納めになった

 

 古事記では、二代綏靖天皇即位から九代開化天皇崩御までのおよそ五百年間の詳しい記述はありません。これを「欠史八代」といい、現在もその実在を含め研究の対象となっていますが、私としては、皇位継承も速やかで、物語にすべき争いもない平穏な時代であったと思いたいのであります。

 次章からは時を超え、第十代崇神天皇(すじんてんのう)の物語が始まります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-04-11 10:51 | 古事記を描く

第三章・ 四『初代皇后 伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 3 #4. “The first empress”

30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

Well, Jimmu-Tenno was married when he was young. And there were two sons. However, now that he became an emperor, he must make a noble woman his wife.

One day, the Emperor saw the seven maidens playing in the plateau. A servant asked the Emperor, "Whom do you choose from among them as the Empress?" The Emperor picked the most beautiful maiden without hesitation. Her name is "Isukeyori-Hime". She is the daughter of the defensive Deity of Yamato country.

Thus Isukeyori-Hime became the Empress and bore three sons. Jimmu-Tenno spread rice cultivation in accordance with the Edict of Amaterasu, making Japan an agricultural country. The ground world became peaceful and affluent…


This picture was referred to the work of the British painter John William Waterhouse I respect. It is "Hylas and the Nymphs”(1896) in Greek mythology.

 神武天皇は即位から三年間、諸国に稲などの種を持って行かせ農業を普及させた。これは天孫降臨におけるアマテラスの「神勅(しんちょく)」を実現するための政策で、神武天皇は大嘗祭の起源となる新穀を天つ神に捧げる儀式も行っている。つまり神武天皇によって日本は農業立国となったのである。

 さて、神武天皇が日向(ひむか)にいらした若い頃、家来の娘である阿比良比売(あひらひめ)と申す女を妻として、二人の御子、多芸志美美命(タギシミミ)と岐須美美命(キスミミ)を授かった。

 しかし、天皇となられたからには、皇后に相応しい高貴な女性が必要になった。従者の一人が、「この地に大物主神(オオモノヌシ)の娘、伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)がおられます。神の御子にして麗しき乙女との噂にございます」と申し上げた。オオモノヌシとは、オオクニヌシの国造りを助けた大和の氏神である(第二章・四参照)

 ある日、七人の乙女たちが高佐士野(奈良県桜井市三輪の高原)で遊んでいるのを天皇がご覧になった。乙女の中にイスケヨリヒメがいるのを見た従者が、「どの乙女をお妃にいたしましょうか」と意を含め天皇に尋ねられた。天皇は迷わずイスケヨリヒメをお選びになった。そして、イスケヨリヒメも「仕え奉ります」と応じられた。

 こうして、神武天皇は大和の氏神の娘を妃とすることで、名実ともに地上世界の統治者となり、天皇の系譜は天つ神と国つ神を統合するものになったのである。

 神武天皇と皇后との間には三人の御子、日子八井命(ヒコヤイ)、神八井耳命(カムヤイミミ)、神沼河耳命(カムヌナカワミミ)がお生まれになった。

 安泰したかのように見えた天皇家であったが、神武天皇が崩御されると、日向に残した子が大和国に現れ、悲劇が生まれる。このハムレット的な物語は次章にて


 本章の絵は、私が敬愛する英国の画家、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスがギリシャ神話の一場面を描いた1896年作「ヒュラスと水の精」を元絵としました。古事記本文では「乙女たちが水遊びをしていた」とは記していませんが、ウォーターハウスの絵が実に美しく劇的であるため、本章の場面をシンクロさせた次第であります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-04-07 13:40 | 古事記を描く