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by Patch_It_Up
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福島に生まれ青森に育つ。18歳で画家を志し上京。紆余曲折の末、50歳にして画業に専念。油彩&水彩の風景画・人物画に日々取り組んでいます 。
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作品・古事記より第五章・ 十一『雄略天皇綾』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #11. “The grave of Emperor”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

The 23nd Emperor "Kenzoui-Tenno" tried to break the grave of The 21nd Emperor "Yuuryaku-Tenno" who killed his father. Emperor Kenzou's older brother 'Okenomiko' said, "Emperor yourself must not do such a thing, I will destroy the grave of Emperor Yuuryaku." Emperor said, "I will leave it to my older brother."

Okenomiko went to the grave of Emperor Yuuryaku and soon returned to the Imperial Palace. The Emperor got angry that "You did not break the grave!" Okenomiko showed a handful of soils saying "No, I broke the grave like this". The Emperor was more angry with, "It will not be our father's revenge!".

Okenomiko quietly said, "Emperor Yuuryaku killed our father, but he who reigned the nation, If you break the grave of Emperor Yuuryaku with your revenge only, the emperor inherited from Deities It will hurt the honor, and your name will get dirty. " And Okenomiko dropped the soil from the hand and said, "That's our only revenge." The Emperor said, "You are right."

Emperor Kenzou died young and because he had no prince, Okenomiko became the 24th Emperor "Ninken-Tenno".

Emperor Ninken married Emperor Yuuryaku's daughter "Kasugano-Ooiratsume". By the father's enemy's daughter becoming the Empress, the royal family had one lineage and the dispute fell…


Graphic saga "Kojiki" will be completed in the next "Epilogue".

 第二十三代顕宗(けんぞう)天皇は、先先代雄略天皇に殺された父親「市辺之忍歯王(イチノベノオシハノミコ)」の遺体が埋められた場所を探した。雄略天皇と亡父が狩りをしたと伝わる高原へ行くと、何処からかみすぼらしい老婆が現れ、「オシハノミコが埋められたのはここでございます」と案内した。その場所を掘ると、飼葉桶に入れられた御骨が出てきた。八重歯の特徴から、まさしく亡父の骨であった。顕宗天皇は、その場所の東の山に御陵(みはか)を作り葬った。そして老婆を宮中に召し入れ手厚くもてなした。

 亡父の御霊を奉った後、顕宗天皇は亡父の仇を討とうとした。しかし雄略天皇は既に御陵の中。そこで、雄略天皇陵を破壊してしまおうと人夫を集めた。それを聞き及んだ天皇の兄「意祁命(オケノミコ」が、「他人に仇討ちを手伝わせてはなりません。私が行って御陵を壊して参りましょう」と申された。天皇は、「ならば兄上にお任せしましょう」と仰せになった。

 雄略天皇陵へ向かったオケノミコはすぐに宮城へ戻られた。天皇は、「御陵を壊さなかったのか」と尋ねた。するとオケノミコは一握りの土を見せ、「このように御陵の周りの土を掘って参った」と答えた。天皇は、「それでは父の仇討ちにはならない」と憤慨した。するとオケノミコは、「亡き父の恨みを晴らしたいお気持ちはよくわかります。しかし、そのお気持ちだけで天下をお納めになったお方の御陵を辱めたとなれば、後世の民は必ずや帝を罵るでしょう。仇討ちはこれで充分なのでございます」と静かに語り、土をパラパラと手の平から落とした。天皇は、「それはもっともなこと」と納得された。

 顕宗天皇はその後、在位三年で崩御された。御子がなかったので、兄オケノミコが第二十四代仁賢(にんけん)天皇となられた。仁賢天皇は、亡父の仇である雄略天皇の皇女「春日大郎女(カスガノオオイラツメ)」を大后に迎えた。春日大郎女は雄略天皇が女官に生ませたいわゆる婚外子(前章解説参照)であるが、この婚姻によって、皇位をめぐる因縁に終止符を打ち、皇統を統合する意図が仁賢天皇にはあった。

 仁賢天皇と春日大郎女との間に授かった皇子「小長谷若雀命(オハツセノワカサザキノミコト)」が、第二十五代武烈(ぶれつ)天皇である


 古事記の物語的記述はここで終わり、続く武烈天皇から第三十三代推古天皇までの系譜のみの記述で完結します。

 ラストエピソードが、雄略天皇綾の破壊にまつわる逸話であったことは、とても意義深いのであります。天皇の墓を壊すという暴挙は、根本的に死者への冒涜であるとともに神代から受け継がれた皇統への侮辱である、とオケノミコは説いています。

 奇しくも現在、仁徳天皇陵を含む「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)」がユネスコ世界遺産登録に推薦されています。古墳群の49基の古墳には古事記に登場する皇室の陵墓が数多く含まれます。さらにはヤマトタケルの白鳥綾古墳もあるのです。

 旧皇族出身の竹田恒泰氏がこの件について「虎ノ門ニュース」で猛反発していました。世界遺産に登録されることによって管理が地方自治体へ移り、発掘が容易になる可能性がある。今も続く皇室の御先祖の陵墓を、滅亡した王家の遺跡であるピラミッドや兵馬俑と同じように扱ってもらいたくはない。そもそも、陵墓は宮内庁によって厳重に管理されており、ユネスコなんぞのお墨付きなど全く必要ない。などのご意見。

 本章の私の絵をご覧になると、皆さんは雄略天皇陵が工学的な建造物として描いていることにお気づきになるでしょう。現在の古墳は鬱蒼と樹木が生い茂る山のようであります。しかし、原初の陵墓は石を積み上げたこのような姿であったのです。つまり、千数百年に渡り、何人たりとも陵墓に手を加えることなく樹木が生い茂るままになってきたことを意味します。先人たちは古事記を最後まで読み、オケノミコ=仁賢天皇の御心に従い、御陵に触れてはいけないと信じ、伝えてきたのでしょう。

 故渡部昇一先生も書いておられました、「我が国には神代からの樹木信仰がある」と。御陵は、長い年月を経て樹木に覆われることによってさらに神聖化されたのであります。


 私の『古事記・絵物語』は、次回「終章(エピローグ)」で完結となります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-07-13 17:19 | 古事記・絵物語

第五章・ 十『運命の兄弟』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #10. “The brothers of destiny”

30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

After the death of Emperor Yuuryaku, his son became the 22nd Emperor "Seinei-Tenno". Emperor Seinei was single and there were no children so the successor was to choose from the relatives of the Emperor. And it was Oshiha's younger sister "Iiyodo" that was chosen as the successor. Oshiha is one of the royal family who was killed by Emperor Yuuryaku.

At that time, Hyogo' owner "Odate" was invited to the rich man banquet in the village. The party was exciting and the servants boys danced. The dirty brothers danced while singing a strange song. "Our grandfather is the Emperor Richu, and our father was Oshiha." Everyone laughed, "These brothers are stupid." But only Odate believed his brothers are the sons of Oshiha. And Odate wrote a letter to Iiyodo and let him deliver it with an early horse.

Iiyodo was surprised to read Odate's letter. And she cried, "My nephews were alive as servants" Iiyodo told the Emperor that the brothers were found. The Emperor was very pleased and put the brothers into the Imperial Family as the crown prince.

In this way, "Oke-brothers" who were unhappy eventually became Emperor. And Iiyodo did not become Japan 's first emperor of women…

 第二十一代雄略(ゆうりゃく)天皇が崩御され、皇子の白髪大倭根子命(シラカノオオヤマトネコノミコト)が第二十二代清寧(せいねい)天皇となられた。清寧天皇には后も御子もなく、皇位継承者を探し求めた結果、市辺之忍歯王(イチノベノオシハノミコ)の妹「飯豊王(イイドヨノミコ)」が候補となった。飯豊王は履中天皇の皇女で、清寧天皇にとっての大伯父の娘「従伯母(じゅうはくぼ)」に当たる。従伯父イチノベノオシハを殺害したのが、父の雄略天皇である(第五章・八 参照)

 さてある日のこと、播磨国(はりま=兵庫県南部)の代官職をしていた小楯連(オダテノムラジ)という者が地元の豪農の新築祝いに招かれた。宴たけなわとなった頃、かまどの火の係をしていた少年二人も宴会に駆り出された。恥ずかしそうに舞い始めた薄汚い兄弟を皆が嘲笑った。そして、兄の舞いに合わせて弟が不思議な歌を歌った、「琴を弾くように天下をお納めになったのが履中天皇、その御子は今は亡き市辺之忍歯王、その倅が俺たち兄弟さ」といった意味であった。冗談であろうと、多くの者は笑ったが、小楯連は驚いて兄弟を抱きしめ、「皇子たちは生きておられたのか」と泣き崩れた。そして飯豊王の元へ早馬を走らせ、このこと知らせた。

 小楯連からの文を読んだ飯豊王は、「どれほど辛い思いをしていたことか」と涙を流し、甥たちの生存を天皇に伝えた。天皇は大変喜び、意祁命(オケノミコ)、袁祁王(ヲケノミコ)のオケ兄弟を皇子として宮中に迎えたのである。

 この三年後、清寧天皇は崩御、在位期間僅か五年であった。オケ兄弟のどちらかが皇位を継ぐまでの約一年間、飯豊王が執政を務めた。その飯豊王もまもなく薨去し、オケ兄弟の話し合いの末、オケ弟が第二十三代顕宗(けんぞう)天皇となられた、時に西暦485年…。


 日本書紀によると雄略天皇は、ある女官を孕ませてしまう。女官は天皇そっくりの女児を産み、帝の子と主張するが、天皇は、「一晩過ごしただけで子を宿すはずがない」と否定する。困った大臣が、「一晩と仰せだが、何度いたしたのでございますか」と尋ねた。すると天皇は、「七度である」とお答えになった(笑)。

 このようにお盛んだった雄略天皇には他にも皇子、つまり清寧天皇の腹違いの弟君たちがおられたが、諸問題によりことごとく皇位継承者から除外され、血筋を辿って飯豊王が継承者に一旦はなりました。これによって初の女性天皇の誕生となると思いきや、オケ兄弟が発見されます。清寧天皇の崩御によって、飯豊王がそのまま皇位に就いて良かったものの、執政に留まります。飯豊王は独身を貫き、自らの早すぎる薨去によりオケ弟に皇位を譲ります。これこそが、我が国の万世男子一系の皇統の象徴的逸話なのであります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-07-07 10:46 | 古事記・絵物語

第五章・ 九『女官の機智』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #9. “Wisdom of a court lady”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

Peaceful days continued, The 21st Emperor "Yuuryaku - Tenno" held a party under the tree of Zelkova. Many court ladies helped in the party. One court lady brought a cup of sake to the Emperor. Then one leaf of Zelkova was floating in the cup. The Emperor who saw it was very angry. A court lady thought that herself would be killed by the Emperor.

A court lady said to the Emperor, "Please listen to my explanation." And she said, "In the long time ago, the heavenly deities Izanagi and Izanami scoured the sea with a spear and made the first Japanese island. This leaf looks like that island." The Empress listened to her story and said to the Emperor, "This is a sign of something good happening."

The Emperor said to a court lady, "You are a very wise woman" and gave her a reward…

 第二十一代雄略(ゆうりゃく)天皇は大和朝廷の統治を関東から九州まで広げ安定政権を築いた。大后の若日下王(ワカクサカ)との間には子はなかったが、妃のひとり訶良比売(カラヒメ)との間に後継皇子「白髪大倭根子命(シラカノオオヤマトネコノミコト)」が産まれ、宮中も平穏であった。

 平和な日々が続いたある日、歳をとられた雄略天皇は、葉の茂ったケヤキの樹の下で酒宴を催した。多くの采女(うねめ=朝廷に仕える豪族出身の女官)が給仕に駆り出された。その中の伊勢国の三重(三重県北部)出身の采女が天皇に大御盃を奉った。すると、あろうことか盃の酒にケヤキの葉が一枚浮いていた。それを見た天皇は怒り、太刀を抜いて采女の首に当てた。葉に気づかず盃を奉った采女は、「申し上げることがございます」と天皇に言った。そして、「これは、太古の昔イザナギノミコトとイザナミノミコトが天の浮橋から海を矛で『こおろ、こおろ』と搔き回し、矛から滴り落ちた雫で出来た淤能碁呂島(おのごろじま)のようではありませんか」と申し上げた。それを聞いた天皇は太刀を納めた。安心した大后は、「おお、この葉は帝のようにゆったりとしておいででございます。これは良いことの兆しでしょう」と天皇におっしゃった。

 天皇は大変機嫌が良くなり、機智に富んだ三重の采女を褒め、沢山の褒美を与えた。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-30 20:45 | 古事記・絵物語

第五章・ 八『雄略天皇の求婚』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #8. “Emperor's courtship”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

After the tragedy continued, the Prince-Oohatsuse became the 21st Emperor "Yuuryaku-Tenno". The Emperor decided to welcome the first fiancé “Wakakusaka" as an empress. The Emperor himself went to Wakakusaka's house and decided to apply for marriage.

The Emperor found a mansion like the Imperial Palace in the middle of his journey. The Emperor said to his servant, " Burn such a rude mansion!" The head of the clan "Ooagata" came out of the mansion in a panic. Ooagata knelt before the Emperor. And he said, "I am sorry, I did a very impolite thing to the Emperor, I will present a white dog to the Emperor in apology." The Emperor smiled and accepted the white dog and forgave Ooagata.

The Emperor arrived at the house of Wakakusaka. And the Emperor gave Wakakusaka a white dog and applied for marriage. Wakakusaka was pleased that "What a beautiful dog," and she accepted the emperor's proposal…

 安康天皇を含む四人の兄が亡くなり、大長谷王子(オオハツセ)が皇位を継承することになったが、オオハツセには気になる人物がいた。それは、安康天皇が生前に皇位継承者として候補に挙げていた「市辺之忍歯王(イチノベノオシハノミコ)」である。オシハは履中天皇の御子で、オオハツセの従兄弟に当たる。

ある日、オオハツセはオシハを狩に誘った。馬に乗った二人は猪を追いかけた。オオハツセは猪を射ると見せかけて馬上からオシハを射落した。そして亡骸を切り刻み、飼葉桶に放り込んで土に埋めてしまった。

 こうしてオオハツセは第二十一代雄略(ゆうりゃく)天皇となられた。天皇を恐れたオシハの御子たち、意祁命(オケノミコ)、袁祁王(ヲケノミコ)のオケ兄弟は、播磨国(はりま=兵庫県南部)まで逃げ、馬飼い、牛飼いとなって身を隠した。後年、この兄弟は運命的に皇位につくことになる。

 ようやく天下が平穏になった頃、雄略天皇は、元々妻となるべきだった若日下王(ワカクサカ)をあらためて大后として迎えることにした。天皇は自らワカクサカの住む日下(くさか=大阪市日下町)へ出かけられた。道の途中、皇居と同じ作りをした屋敷に出くわした。屋敷の持ち主は地元の豪族、大県主(オオアガタヌシ)であった。天皇は怒り、家来に家を焼かせようとした。オオアガタは慌てて天皇にひれ伏し、「何も知らずこのようなものを作ってしまいました。とても畏れ多いことでございます。お詫びに私が大切にしているものを差し上げましょう」と申し上げた。オオアガタが天皇に献上したのは、白い犬であった。鈴を付け布を掛けた犬を見て天皇は笑い、火をつけるのを止めさせた。

 天皇はワカクサカの家に着き、「道すがら珍しいものを手に入れた。これをそなたに贈り、婚礼のしるしとしよう」とおっしゃった。ワカクサカは、「帝がこんな所へいらっしゃるだけでも畏れ多いこと。しかもこのような立派な犬までくださるとは」と喜び、天皇の求婚を受け入れたのである


 古事記には様々な動物が登場します。本章ではオオハツセとオシハが馬に乗って狩に行くエピソードがありますが、この頃からようやく我が国で騎馬が広まったのでしょう。また、白い犬が登場します。豪族が大切にし、天皇が婚礼のしるしとする程の珍品であったのでしょう。悲劇が続いた後の、心和む逸話であります。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-27 09:47 | 古事記・絵物語

第五章・ 七『大長谷王子(オオハツセ)の報復』

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Graphic saga "Kojiki"

Chapter 5 #7. “Retaliation of the Prince”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

From Japan's oldest history book "Kojiki" (712).

Mayowa who assassinated Emperor Ankou fled to the mansion of the minister "Tsubura".

The youngest brother of the Emperor "Oohatsuse" was furious. And he consulted the emperor 's revenge to the two older brothers, Kurohiko and Shirohiko. However, the two older brothers were indifferent. Oohatsuse shouted, "You guys planned the assassination of the Emperor?", And killed the two older brothers.

Oohatsuse led the soldiers and surrounded Tsubura's mansion. Tsubura 's soldiers shot arrows. Oohatsuse did not attack. Because Tsubura's daughter "Karahime" is in the mansion. And Oohatsuse talked with Tsubura. Oohatsuse said "Let give Mayowa to me." Tsubura replied, "I will give you my daughter and territory, but I can not give you the young prince who relied on the vassals."

Tsubura turned his back against Oohatsuse and tried to get back to his mansion. Oohatsuse shouted "shoot!" Many arrows flew and stabbed Tsubura 's back. Tsubura entered the mansion house and hugged Mayowa.

Oohatsuse tried to enter the mansion following Tsubura. Karahime kneeled before Oohatsuse and said, "Please don't stop my father's actions." At that time, Tsubura shouted "Please forgive me!" And he stabbed a sword in Mayowa 's chest. Next, Tsubura cut his neck and fell while holding Mayowa.

Oohatsuse grabbed hand of Karahime and left the mansion. And he ordered the soldiers to put the fire on the mansion…

 安康(あんこう)天皇を実父の仇として暗殺した七歳の眉輪王(マヨワノミコ)は、重臣の「都夫良意富美(ツブラオオミ)」の屋敷へ逃げ込んだ。都夫良意富美、または葛城円(カツラギノツブラ)は葛城氏の豪族で、かの建内宿禰(タケノウチノスクネ)の曾孫(ひまご)である。

 安康天皇の末弟、大長谷王子(オオハツセ)は、帝(みかど)の死を嘆き悲しんだ。そして、兄の黒日子王(クロヒコノミコ)にマヨワの処罰を相談した。ところが、クロヒコは「ガキなど放っておけ」と無関心であった。逆上したオオハツセは兄の襟首を掴んで庭に引きずり出し斬り殺した。その足でもう一人の兄、白日子王(シロヒコノミコ)の屋敷へ行き、「マヨワを殺そう」と誘ったが、シロヒコも聞く耳持たずであった。オオハツセは、(もしかしたら、この兄どもがマヨワをそそのかして帝を討ったのか)と疑い、シロヒコも引きずり回し生き埋めにして殺した。

 オオハツセは兵を率い、ツブラノオオミの屋敷を取り囲んだ。ツブラの兵たちが一斉に矢を放った。オオハツセは、ツブラの美しい娘「訶良比売(カラヒメ)」のことを思い出し、自軍の応戦を制し、ツブラと話し合うことにした。ツブラは、「娘と五カ所の領地を差し上げましょう。しかし、臣下を頼ってきた幼き皇子を渡すわけにはゆきません」とオオハツセに背を向けた。「射て!」、オオハツセの一声で、兵はツブラの背中に矢を放った。ツブラは屋敷へ戻り、マヨワを抱きしめた。オオハツセは太刀を抜いて屋敷に入り込んだ。カラヒメが、「最期は父にお任せを」とひざまずいた。その時、「お許しを!」とツブラはマヨワの胸を剣で突いた。そして自らの首を斬り、マヨワを守るようにうつ伏せに倒れた。

 オオハツセはカラヒメを連れ出し、屋敷に火を放つよう兵に命じたのであった。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-23 15:22 | 古事記・絵物語

RADWIMPSの「HINOMARU 」

問題になっているこの歌。左翼・反日勢力が騒ぐのはよーく分かるが、保守側からも歌詞が古い文献からのコピペ調で意味が伝わらんとの批判もある。が、実際に聴いてみると、「ボクたち日本人は、何か忘れてしまったんじゃないの」といった若い子からの純真な問い掛けのように聴こえる。これ、いい曲じゃないか

Youtubeを貼り付けて皆さんに紹介しようとしたが、瞬時に削除されている模様。恐るべき反日攻勢。皆さん、どこかでこの歌を聴いてください。。。。


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# by Patch_It_Up | 2018-06-23 03:05 | 日本の趣