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お部屋に絵を飾りましょう
by 棚倉樽
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福島に生まれ青森に育つ。18歳で画家を志し上京。紆余曲折の末、50歳にして画業に専念。油彩&水彩の風景画・人物画に日々取り組んでいます 。
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カテゴリ:日本の趣( 25 )

日本初の肖像画付紙幣は神功皇后であった

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 新紙幣の話題で盛り上がっていますね。肖像画の選定について言うことはないが、デザインがどうも嫌だな。人生ゲームで使うお札みたいじゃないか。バランスは悪いし、日本国らしい華麗さも威厳もない。おそらく私のような意見は多いであろう。

 さて、私が物心ついた頃のお札は、一万円と五千円が聖徳太子、千円が伊藤博文、五百円が岩倉具視、百円が板垣退助であった。お年玉は概ね岩倉500円であったな(笑)。

 さてさて、では日本で最初にお札の肖像になった人物は誰かな、と調べてみた。明治14(1881)に発行された一円札に用いられた肖像、それは古事記、日本書紀に登場する「神功皇后(じんぐうこうごう)」である。

 日本武尊(ヤマトタケル)の第二子である十四代仲哀天皇の皇后。西暦で言うところの200年代に生きたお方で、仲哀天皇が崩御された後、摂政として政事を執り行った。女将軍として軍を率い熊襲を征伐し、ご懐妊中にもかかわらず朝鮮半島に攻め入った。その時の皇子が後の十五代応神天皇である。さらに応神天皇の皇子が「聖帝(ひじりのみかど)」と称えられた十六代仁徳天皇である。

 なぜに記念すべき初のお札肖像に神功皇后が選定されたのかは不明であるが、天照大神(アマテラス)の生まれ変わり、邪馬台国の卑弥呼同一説などがあった時代背景によるものか。いずれにしても神功皇后を国母と崇めお札にしたのでしょう。

小生作「古事記・絵物語」より『神功皇后出兵』

“The Shogun Empress”・30×17cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

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 このように、かつては古事記・日本書紀に登場する人物を紙幣の肖像に用いていました。以下初発行順。

 ・神功皇后 明治14(1881) 一円券

 ・大黒天(大国主神と習合) 明治18(1885) 一円券

 ・武内宿禰(たけのうちのすくね) 明治22(1889)一円券

 ・藤原鎌足(ふじわらのかまたり) 明治24(1891)百円券

 ・聖徳太子(しょうとくたいし)昭和5(1930) 百円券

 ・日本武尊(やまとたけるのみこと)昭和20(1945) 千円券

 おお、今これらを復活させようとしたら各方面から大反発をくらうでしょうね(笑)。。。。


by Patch_It_Up | 2019-04-12 13:16 | 日本の趣

作品『令和の情景』

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"Scenery of Reiwa"

22×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

Japan will have the new era will be "Reiwa" in this May. "Reiwa" is a term quoted from the Japanese 7th Century poem "Manyoshu". It is a poems that describes how people enjoy the smell of plum blossoms and orchids in the early spring. I drew the scene.

 新元号「令和」。出典とされる万葉集の一文を何度も読み、大伴旅人(おおとものたびと)邸で開かれた「梅花宴(ばいかえん)」の様子を思い浮かべた。

 時に初春の令月にして気淑く風和ぎ梅は鏡前の粉を披き蘭は珮後の香を薫す

 「時あたかも新春の好き月(よきつき)、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如き香りを漂わせている」

 蘭に関しては、開花の時期などを考察し「フジバカマ」であるという説やら、黄色い花の春蘭であるなど諸説あるが、まあ絵的には黄色い和蘭で良しとした。古事記における「ワニ」を鮫であるとする解釈もあれば、そのまま鰐と表現している絵もあることと同様のことである。こうしたことも日本の古典を楽しむ要素ではある。

 それよりも、私が思ったのは梅である。近所の小さな神社を訪れて梅の木を探したが、すでに花はなく桜が満開。絢爛豪華に咲き誇る桜にも日本の趣を感じるが、旧暦の初春、つまりは二月にポツリポツリと咲く梅の花に先人たちは新しい年を迎える風情を感じていたのである。江戸期の浮世絵の梅も大半は「ポツリポツリと咲く」である。

 梅の木に寄りかかって梅と蘭を楽しむ大伴旅人、1300年後の「令和」を喜んでいることでしょう。。。。


by Patch_It_Up | 2019-04-07 11:21 | 日本の趣

美しい元号「令和」に祝杯

 どんな元号になるのだろう。また中国の古典からの引用では夢も希望もないな。と思っていたら、なんと万葉集から引用の実に美しい元号が発表されたね。第一次安倍政権の時に総理が掲げた「美しい日本を取り戻す」そのものではないか。などと考えながらディスカウントストアで買い物。すると、「平成美人」という安い日本酒を発見。平成も残り一ヶ月、思わずカートに入れてしまった。つまみのしば漬けも。

 昭和の美人は山ほどいるけれど、平成美人、平成生まれの美人て誰だろ。女優、タレントにはかわい子ちゃんや個性的な女性は沢山いるが、美人と呼べる人は少ないよね。あえて挙げるとしたら黒木華、武井咲、石橋杏奈ってとこかな。黒木華とか日本酒が似合うよね。大和撫子ってのはこういう子なのだな。

 さて、平成を振り返るTV番組も多いね。個人的には、そもそも平成五年に六十三歳だった親父を亡くしてからが激動であった。平成三十一年で六十歳になった私、そろそろ親父が死んだ歳に近くなったけれども、少なくともあと三十年は何があろうとも、ご年齢でいえばひとつお若い新天皇陛下とご一緒に生きてゆこう。。。。179.png

Japan will have a new emperor in May this year. And it was announced today that the era will be "Reiwa". So I am drinking a festive SAKE.

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by Patch_It_Up | 2019-04-01 19:22 | 日本の趣

作品『黒書院の六兵衛』

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“Rokubei, The Last Samurai”

27×20cmwatercolor

This is a scene of the TV drama "Kuroshoin no Rokubei”.

In 1868 "Meiji Restoration", "Edo Castle" was transferred from the Shogun Tokugawa to the Emperor. It is the story of the last samurai "Rokubei" who kept sitting in the castle.

As a result of the Meiji Restoration, Japan became a modern state, but lost many cultures such as Bushido(Samurai Spirit)…

 WOWOWの連続ドラマ『黒書院の六兵衛』。原作は日本経済新聞にも連載された浅田次郎の時代小説。

 江戸無血開城の八ヶ月前から城に居座り続ける御所院番士「的矢六兵衛(まとや ろくべえ)」の物語。説得役の尾張藩士・加倉井隼人は元より、勝海舟、天璋院篤姫、西郷隆盛、徳川慶勝、大村益次郎、木戸孝允を前にしても無言で信義を通し続ける六兵衛。その正体と目的は謎のまま。そして、ついに黒書院(くろしょいん)と呼ばれる将軍の御前とする部屋に居座り、明治天皇のご入城を待つのであった。

 一切口を開かず、武士の所作を崩さない六兵衛を演じる吉川晃司が素晴らしい。高倉健を見ているようであった。前田亜希も天璋院様を堂々と演じていた。進行中のNHKの大河ドラマとは正反対の視点から描いた幕末劇。維新によって失われたものの大きさを痛感させられる。機会あれば、ぜひご覧あれ。。。。


by Patch_It_Up | 2018-09-02 18:28 | 日本の趣

作品『軍神、坂上田村麻呂』

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“Shogun Tamuramaro”

17×30cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

This is The Shogun "Sakanoueno-Tamuramaro" around the year 800 AD. The famous festival of Japan Aomori "Nebuta" is a festival honoring Tamuramaro. Tamuramaro is the "army god" that all the samurai respect.

 今年も青森ねぶた祭が始まりました。

 ねぶた祭とは、奈良・平安時代の武将、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)に由来する。蝦夷討伐(東北制圧)の際、田村麻呂が大きな灯篭と笛太鼓で敵をおびき出したとの伝説によるそうだ。

 坂上田村麻呂は、第五十代「桓武(かんむ)天皇」の忠臣で、西暦797年に征夷大将軍に任命され、東北地方全般の統制を任された。そのため、朝廷に従わない豪族を制圧する必要があった。アテルイとの戦いは、その象徴的伝説である。田村麻呂は、東北の民を滅ぼした悪者との見方もあるが、数々の功績によって軍神として後世の武人に崇められている。武功以外あまり知られていないが、京都清水寺を創建したのは田村麻呂なのである。

 私は青森に住んでいた子供の頃、「青森のねぶたは、田村麻呂軍の凱旋を祝った祭りだから賑やかなのだ。それに対し弘前の「ねぷた」は出陣の祭りだから静かなのだ」と祖父に教えられた。実際には田村麻呂は青森まで遠征していないのだが、私にとっては戦国時代の武将を学び知る以前から坂上田村麻呂こそが英雄であったのであります。。。。

 以下は弘前市に住む同級生から送られた今年の弘前「ねぷた」の写真です。扇ねぷたの背面には、送り絵と呼ばれる美人画が描かれています。これは「兵士を静かに見送る女なのだ」とジイ様に教えられました。

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by Patch_It_Up | 2018-08-03 11:58 | 日本の趣

RADWIMPSの「HINOMARU 」

問題になっているこの歌。左翼・反日勢力が騒ぐのはよーく分かるが、保守側からも歌詞が古い文献からのコピペ調で意味が伝わらんとの批判もある。が、実際に聴いてみると、「ボクたち日本人は、何か忘れてしまったんじゃないの」といった若い子からの純真な問い掛けのように聴こえる。これ、いい曲じゃないか

Youtubeを貼り付けて皆さんに紹介しようとしたが、瞬時に削除されている模様。恐るべき反日攻勢。皆さん、どこかでこの歌を聴いてください。。。。


by Patch_It_Up | 2018-06-23 03:05 | 日本の趣

なぜにTVニュースは皇后陛下を「皇后さま」と呼ぶの?

 最近の地上波TVのニュースを見ていると、皇后陛下を「美智子さま」とか「皇后さま」と呼んでいる。いかがなものか。また、天皇皇后両陛下以外の皇族の方々をも、ほとんど「さま」と呼ぶ。なぜに「殿下」としないのか。「雅子さま」でもないし、「雅子妃殿下」でも誤りである。正確には、「皇太子妃雅子殿下」である。我々の世代では、学校の先生までもが現皇后陛下を「美智子妃殿下」と呼んでいたが、あの時代から間違っていたのだな。

 旧皇族出身の竹田恒泰氏の解説によると、「天皇、皇后、太皇太后及び皇太后を陛下。以外の皇族は全て殿下と敬称するのが正しい」のである。よって、例えば「眞子さま」ではなく、「眞子内親王殿下」ないしは「眞子殿下」と敬称するべきである。皇族の方々への「さま」は敬称ではないのである。

 来年のご譲位に備え、正確な報道、正しい学校教育を望む次第であります。。。。


by Patch_It_Up | 2018-06-18 03:11 | 日本の趣

松戸神社「雅楽演奏会」

I went to "Gagaku Concert" held at the shrine "Matsudo-Jinja" in our town. It was a concert to celebrate the 30th anniversary of the Emperor.

Gagaku is the oldest music in Japan. It is a very elegant and noble art.

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 昨日(62)、千葉県東葛飾地区の神職に従事する方々の「東葛雅楽会」の演奏会が催されるとのことで、松戸神社神楽殿へ。一ヶ月ほど前、TVで宮内庁楽部の取材番組を見て以来、一度は雅楽生演奏を聴いてみたいと思っていたので絶好の機会であった。しかも「天皇陛下御在位三十年奉祝」と題された、誠にありがたい演奏会でありました。

 管絃、神楽、舞楽の三部構成。約90分間、初夏の風薫る中、雅で厳かな時間を過ごしてまいりました。。。。

管絃

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神楽 浦安の舞

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舞楽 蘭陵王(らんりょうおう)

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舞楽 納曽利(なそり)

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by Patch_It_Up | 2018-06-03 01:26 | 日本の趣

作品『北斎晩年』(藤沢周平著「溟い海」より)

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“Hokusai's later years”

19×27cmWatercolor painting

I painted the last scene of Shuhei Fujisawa's novel "Dark Sea" (1971). This novel is the story of the later years of the declining Katsushika Hokusai.

 藤沢周平、四十三歳にしての文壇デビュー作、「溟い海(くらいうみ)」を読む。昭和四十六年にオール讀物新人賞受賞にして直木賞候補の本作は、晩年の葛飾北斎の姿を描いた短編フィクションである。

 富嶽三十六景で絵師としての地位を確立した北斎であったが、その人気は今や落ち目。起死回生で発表した富嶽百景も「今さら富士じゃねえだろ」と不評。その頃江戸の話題をさらっていたのが、歌川広重の東海道五十三次。弟子や版元、町人、女郎の噂話を聞き、嫉妬に燃える北斎老人。ちょうど良く、続き物「木曽街道」を途中で投げ出した落ちぶれ渓斎英泉の後釜に版元が苦慮しているとの噂。てっきり自分が選ばれると思った北斎であったが、新進気鋭の広重が抜擢される。怒りが頂点に達した北斎は、与太者を引き連れて広重襲撃を企てる。しかし、夜半に帰宅する広重の様子を見て、なぜか北斎は襲撃を取りやめる。怒った与太に北斎は殴り倒される。心身ともに打ちひしがれた北斎は、誰もいない家に帰り、未完成の絵を布団を被って描き始めるのであった

 といったお話。江戸ならではの粋なエッセンスを散りばめた短い話の中に、北斎の娘お栄や息子、弟子、有名版元、有名絵師が登場する浮世絵ファンが泣いて喜びそうな寓話である。

 さて、私がこの小説で最も印象深かったのは、北斎が広重の成功を自分の若い頃と重ねて回想する場面。四十を過ぎても無名だった北斎は、人気取りのために音羽護国寺境内で大達磨を描いたり、米粒に雀二羽を描いたり、谷文晁との即興合戦で鶏の足に朱肉を塗って走らせ紅葉を描いたりした。今で言うパフォーマンスである。それを、若い版元に「香具師(やし)の啖呵(たんか)にすぎない」とズバリ言われる。「錦絵で世に出ようとするなら、一にも二にも絵そのものが問われる。人の肝をつぶすような画技も、それで浴びる世間の喝采も無縁なのだ」と版元の眼が語っていた、広重は人気取りのパフォーマンス無しに絵そのもので世に勝負している。話はもっと意味深いのだが、現在においても北斎の天才性を賞賛する例として取り上げられるパフォーマンスを「人気取り」と切った藤沢周平の眼力が私には痛快なのである。それは、四十三歳という遅咲きの藤沢自身の心の内でもあったのであろう。今流行りの、確固たる訴求意志のない画技自慢の細密画や、安易なcool-japan趣向のデジタル作品等々は、藤沢流の「香具師の啖呵的パフォーマンス」である。そういう私自身も、画家として注目されたいがために、パフォーマンスめいた展覧会を企画したり、奇をてらった作品を描いたりしてきた。その無意味さに今更ながら気づかされたのである。

 私が描いたこの小説のラストシーン、溟海(めいかい)に身構える一羽の海鵜(ウミウ)に様々な思いを込めて深い吐息を漏らしながら筆を走らす北斎老人の姿で余韻を残す、後世のアーティストに訴えかける見事なメッセージなのであります。。。。


「溟い海(くらいうみ)」は、文春文庫・短編集『暗殺の年輪』に収録されています。画像はブックオフで見つけた20年前の版で108円でした。GWにぜひご一読あれ。

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by Patch_It_Up | 2018-05-02 09:40 | 日本の趣

感激の皇居一般参賀

Today I greeted the Emperor and the Imperial family at the Imperial Palace. I was able to have a very happy new year as a Japanese citizen.

 まさに日本晴れの本日、皇居にて、12万6720人の参賀者の一人として新年一般参賀。天皇陛下のお言葉を二度拝聴。日本国民としてこの上ない幸せな新年を迎えました。

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by Patch_It_Up | 2018-01-02 23:20 | 日本の趣