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by 棚倉樽
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福島に生まれ青森に育つ。18歳で画家を志し上京。紆余曲折の末、50歳にして画業に専念。油彩&水彩の風景画・人物画に日々取り組んでいます 。
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カテゴリ:本・映画・音楽( 109 )

アニメーション映画『ゴッホ 最期の手紙』を観る

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 ここ数年観た映画の中で最も感銘を受けたと言える、2017年製作のポーランド・英国・米国合作映画。いわゆるアニメ映画に分類されているので、敬遠している人も多いのではないか。しかし本作は、従来のアニメーターやCGイラストレーターによって作られたのではなく、125名の画家が描いた油絵で製作された。役者が演じた実写映像を元に、画家たちがゴッホの画風に合わせた絵を6万点以上描いたのである。つまり、ゴッホにまつわるエピソードをゴッホ自身の動く絵画でストーリー展開するのである。この前人未到のプロジェクトは原題「Loving Vibcent」の通り、結集したゴッホを愛する人々のゴッホへの敬意の結晶なのであります。

 我々が今まで目にしてきたゴッホの名作の風景、情感が臨場感たっぷりに伝わってくる不思議な感覚に感動を覚えるのであるが、それ以上に私は本作のストーリーに心震えた。

 ゴッホの死後、アルマン・ルーランなる青年が、郵便配達夫の父親ジョゼフ・ルーランにゴッホが弟テオ宛に書いた最期の手紙を届けるよう頼まれる。この親子は二人ともゴッホ作品に遺されている人物である。アルマンはアルルからパリ、オーヴェールとゴッホの足跡を辿る。その過程で彼はゴッホの死に疑問を抱き、様々な人々から証言を得る。それらはゴッホの絵に残る実在の人物たち。このサスペンス仕立ての展開に「ははん、写楽殺人事件とかの推理ものか」と笑う人もいるであろうが、私は「ゴッホ他殺説」を以前から信じているので、物語に引き込まれた。私が確信している説とは違う結論を本作は見出しているが、ガシェ医師の謎めいた言動、マゼリ医師の証言、既に他界した弟テオの当時の境遇を知れば、誰でもが「ゴッホは自殺したのではない」と信じざるをえないであろう。

 美術に携わる全ての人々、美術愛好家必見の映画であります。。。。


by Patch_It_Up | 2019-06-23 21:20 | 本・映画・音楽

作品『坂の途中の家』

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“Koh Shibasaki”

18×26cmCanson Figueras canvas paper-oil painting

This is actress Koh Shibasaki(37) who represents Japan. She is a great actress doing various activities. Recently, in a TV drama, she played well a distressed housewife.

 柴咲コウ主演のWOWOW連続ドラマ「坂の途中の家」を観る。直木賞作家・角田光代による傑作小説のドラマ化である。女性作家ならではの、妻として母親としての視点が心に刺さる作品である。乳児を死亡させてしまった主婦(水野美紀)の裁判で、裁判員に選ばれた主人公(柴咲コウ)は被告と同じ境遇にあることに気づき苦悩する。同じく裁判員に選出された人々、および裁判官までがそれぞれ家庭の事情を抱えており被告の量刑に悩む。子育てをめぐる苦悩は全ての家庭が抱えるものであるが、安易に夫の実家へ子供を預ける主人公夫婦たちの行為(当人たちには止むを得ずなのだが)には考えさせられる。ジジババに甘やかされほうだいの子役の神経を逆撫でする演技が物語ったっいる。

 これ、数ヶ月前まで世の中を震撼させた「子殺し事件」に直結する問題ではないのか!。しかしマスコミはその後の高齢者が引き起こした事故・事件にシフトし、今や芸能人の結婚報道三昧でしょ。今一度、あの連続した子殺し事件を再考する上でもこのドラマをご覧になっていただきたい。また、裁判員制度の仕組みを知る上でもとても参考になるのであります。。。。


by Patch_It_Up | 2019-06-10 11:41 | 本・映画・音楽

ノルウェー映画『ザ・ハント ナチスに狙われた男』を観る

I watched the Norwegian movie "Den 12. mann(The 12th Man)”(2017).

This is a wonderful film that expresses the historical facts that must be passed down.

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 久々に観る価値ありの映画に出会った。日本劇場未公開、2017年製作のノルウェー映画である。なんとも陳腐な邦題に腹が立つが、原題は「Den 12. mann」、英語では「The 12th Man」。12番目の男とは、1943年のドイツ占領下のノルウェーで破壊工作作戦に挑んだ12人のレジスタンスチームの唯一の生き残りヤン・ボールスルドのことである。

 映画の冒頭で「物語中の驚くべき出来事は事実に基づくものである」とのテロップが流れる通り、この映画は我々が知らなかった第二次大戦下の史実である。

 2005年の米国TV映画「ELVIS」でエルヴィス・プレスリーを見事に演じた「ジョナサン・リース=マイヤーズ」のナチス親衛隊将校役以外は見慣れない俳優ばかりであるのも臨場感があって良かった。

 柄にもなくリベラルなことを申し上げるならば偏った嗜好や作り物のファンタジーではなく、このような映画こそで劇場が満杯になるような世の中になって欲しい。。。。


by Patch_It_Up | 2019-06-06 22:56 | 本・映画・音楽

映画『空母いぶき』楽しみにしていたのだが…

 今月24日公開の映画『空母いぶき』、私は非常に楽しみにしていて公開日の朝一のチケットを購入するつもりでいた。が!、首相役の佐藤浩市の映画に関するインタビュー記事を読んで、金払って観る気が失せた!

 佐藤談 :「最初は絶対やりたくないと思いました()。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」。ん~佐藤浩市、緒形拳、夏目雅子と共演した『魚影の群れ』を観て以来ファンになった私は彼こそ日本を代表する俳優であると思っていたが、過激派賛美の映画一本に出演しただけで反体制の騎手気取りになって政界進出した某勘違い俳優と同レベルの人間であったとは、失望の極み!。

 まあ、ニュートラルな立場でどんな役でもこなすのが役者であるとの考え方もあるが、58歳の佐藤が自分のアイデンティティーを明確にして今後の活動の方向性を示したことは良いことであると思う(私自身がそうであるから)。今後の佐藤は反体制、リベラルな役しか引き受けないだろうし、もし逆の役を演じても「嘘っぱちやってらあ」と見る側は思うのである。

 『空母いぶき』WOWOWで放映してくれるまで待つとしよう。。。。

三國連太郎さんは偉大な俳優でありました。水彩・12.7×18cm 平成25年作品

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by Patch_It_Up | 2019-05-14 14:05 | 本・映画・音楽

吉村昭著「白い航跡」と偉人高木兼寛、と森鴎外

 私が心臓疾患の治療で18年前からお世話になっている東京慈恵会医科大学付属病院。新橋の本院で入退院を繰り返し、現在は葛飾区青戸の同病院医療センターに通っている。幾たびかの長い入院中「麦飯」が病院食で出ることがあった。その理由は本文にて。

 さて、本院、医療センター共々、エントランスに当病院の創設者、高木兼寛(たかきかねひろ)男爵の肖像と、『病気を診ずして 病人を診よ』の高木卿の銘が掲示してある。当病院の基本理念と思われるこの言葉に私は大いに信頼感を抱いている。

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 幕末、薩摩藩医だった高木兼寛の半生と東京慈恵医大病院の成り立ちを物語った歴史小説『白い航跡』を一気に読んだ。読後の感想から申し上げると、高木卿が遺した『病気を診ずして 病人を診よ』の意味がよく解った。

 小説は二十歳の高木兼寛が、官軍・薩摩藩付の医者として平潟(茨城県北茨城市)に上陸するところから始まる。この時代にあっても我が国では漢方医学が主流で、刀や槍の負傷者の手当てがやっとで、最も多い銃創者の治療はお手上げであった。戦地でのそのような有様の中、高木は関寛斎という西洋医学を修めた軍医の外科治療技術に衝撃を受ける。これが、後に高木が英国の臨床医学に傾倒するきっかけとなった。

 明治になり、高木は開成学校(東京大学前身)で一年あまり英語と西洋医学を学んだ後、鹿児島医学校(現鹿児島大学医学部)の教授を務める。その後海軍軍医となり、明治8年英国へ留学する。英国の医学校では成績優秀のため教授資格を取得する。明治13年の帰国後、東京海軍病院長に就任するなど海軍医療の中枢的存在となる。

 さて、高木の医学者としての最も大きな功績は、「脚気(かっけ)」の原因を解明したことである。小説においても、この病気をめぐる高木と軍、医学界との対決がドラマチックに描かれている。脚気とは、ビタミンB1の欠乏により心不全を引き起こし最悪の場合には死に至る恐ろしい病気である。食生活が改善された江戸時代に広まり、明治に入りさらに流行し年間1万人以上が死亡した。

 海軍においても訓練航海で、脚気によって死亡する兵がおびただしかった。高木は英国をはじめとする西欧では脚気は皆無で日本独特の病気であることに着目し、白米を中心とする食生活に原因があるとして、海軍の食事を麦飯やパン食に変えることを主張する。海軍では主食の白米は軍が用意したが、副食は現金を支給し各々の自由にさせていた。兵は金を酒代に当てたり田舎の実家に送金するなどし日々の食事は白飯だけとする者が多かった。さらに陸軍軍医部やドイツ医学を信奉する東大医学部を中心とした医学界は「細菌」が原因であると猛反発する。反対派には北里柴三郎、陸軍軍医、森林太郎(鴎外)もいた。特に鴎外の反発は激烈であった。

 高木の戦いは孤軍奮闘の言葉が軽すぎるほどであったが、日清戦争が目前に迫り、脚気が原因での兵は一人も死なせないという高木の信念が、軍上層部、明治政府、さらには皇族をも動かし、日清戦争下において食事改善を行った海軍は脚気患者がほとんど発生しなかったが、陸軍では脚気で4,000名が死亡した。続く日露戦争では、海軍の脚気による死亡者はゼロ、それに対し陸軍の脚気死亡者数は27,800名であった。白飯のみの食事がいかに危険かは一目瞭然となった。これが、現在の海上自衛隊まで引き継がれる「海軍カレー」の発端となったのである。

 高木の功績は認められ、のちに男爵位が授けられた。鴎外は日清戰争後、台湾総督府の陸軍局軍医部長として台北に着任する。それは台湾駐留軍の脚気患者が激増していたことへの対応を命ぜられてのことであった。しかし鴎外は対処できず、わずか四ヶ月で帰国する。鴎外は、その後の日露戦争の結果を受けても海軍の麦飯効果を認めなかった。この影響か、高木よりも家柄は良くキャリア抜群であるにもかかわらず鴎外には爵位が与えられなかった。本書の解説(大河内昭爾氏)においても、『鴎外の有名な遺言「墓ハ森林太郎ノ外一字モホル可ラズ」は、叙爵の沙汰のないのにこだわったのだともいう。』とある。

 余談だが、私は昭和53(1978)に放送されたテレビドラマ『獅子のごとく』の感動を今も覚えている。江守徹主演、森鴎外の伝記ドラマである。そのクライマックス、鴎外の臨終のシーンで江守徹が振り絞るようにあの遺言を述べる。私は、「何の肩書きもいらぬ、ただの森林太郎として死にたい」といった意味と今まで捉えていたが、本書を読んで真意を知り、鴎外のイメージが変わってしまった。  

 さて、脚気撲滅に奔走していた高木は、一方で英国式の医学校の設立に尽力する。明治14年に設立された成医会講習所は、のちに昭憲皇太后の意向を受け東京慈恵医院医学校と改称し、さらに東京慈恵医科大学となる。そして翌明治15年、有志共立東京病院なる慈善病院を発足させる。この病院こそが、東京慈恵医院を経て東京慈恵会医科大学病院となるのである。また、英国留学で体現した看護婦教育の必要性を具現化した我が国初の看護婦教育所も設立した。

 神宮外苑「絵画館」に展示されている『東京慈恵医院行啓』満谷国四郎

東京慈恵医院開院を記念して入院中の少年を励まされる昭憲皇太后(中央)。手前で頭を下げているのが高木卿。

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 高木は脚気撲滅の功労者であるが、その原因のビタミンB1欠乏症を発見したわけではない。ビタミンB1は明治43年、盛岡農学校教授の鈴木梅太郎によって発見された。これによって高木の名声は後回しになったのではないか。百田尚樹著『日本国紀』の中盤(明治期)においても、「日本人は医学の世界でも素晴らしい業績をあげている。」としてペスト菌を発見した北里柴三郎、アドレナリンの結晶抽出に成功した高峰譲吉、そしてビタミンB1抽出に成功した鈴木梅太郎を挙げている。高木の名がどこにも登場しないのが個人的に残念である。

 X線を発見したのはレントゲンであり、日本ではX線検査をレントゲン検査と呼んでいるほどだが、X線を医療で活用したのは第一次大戦下でのキュリー夫人であることはあまり知られていないことと同様でしょう。

 欧米には高木の名声は轟き、複数の大学から学位が授与されたが、国内では相変わらず非難された。「農村部の食事こそが健康の照明」との発言に、危険分子であるとレッテルを張る者もいた。そして明治が終わり大正となる。高木の最大の理解者であった明治天皇の崩御は衝撃で、しばらく高木は放心状態にあった。そのようなある日、高木は宮崎県の穆佐(むかさ)村へ帰郷する。村は大騒ぎとなり、その際村長が「男爵様、村の者にご講話をお聞かせいただくわけには参らぬものでしょうか」と恐る恐る申し出た。高木は少し考えて村長の申し出を引き受ける。翌日、講話会が催される村の小学校は老若男女で溢れた。高木は英国留学の体験や海軍の脚気克服などを語った後、「雑穀、味噌、大いに結構。田舎の食物は決して粗食ではない」と力説した。村人は感嘆し、目を輝かせた。これが、六十代後半に差し掛かった高木に生きがいを見出させた。高木は七十歳を迎えるまで全国各地で年間200回前後の講話を行ったのである。大正九年(1920)四月十三日、高木兼寛逝去。享年七十二。

 南極大陸に「高木岬(Takaki Promontory)」がある。これは英国南極地名委員会が高木兼寛の功績を讃え1952年に命名した。当時の日本の極地研究所に伝えられたが、高木が誰か知る者はなく、英国人に高木兼寛の功績を知らされたそうである。。。。

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by Patch_It_Up | 2019-05-13 21:14 | 本・映画・音楽

故堺屋太一氏に学んだこと

 堺屋太一氏の訃報を知り、思い出したことがある。1990年代初頭、三十代前半の私は東京九段会館大ホールで氏の講演を聞いた。思えば、その九段会館も今は閉鎖されているのだな。

 イベント会社の社員だった私は、某生命保険会社が主催するビジネスマン向けセミナーの招待券を入手、それが堺屋氏の講演だった。時はバブルの真っ只中。さしたる営業努力も無しに仕事は舞い込み、今では想像もできないほどの給料を得ていた。堺屋氏のお話は非常に分かり易く、浮かれポンチの我々サラリーマンに「危機感を持て」と訴える内容であった。その一部…、

 「皆さんの会社では、女性社員に依存していることが多いでしょう。例えば文書作成。汚い字で書いた原稿を女性事務員にポンと渡し、ワープロを打ってもらう。その間、皆さんはタバコふかして待っている。それでいいのでしょうか?。もし、頼りにしている女性社員が突然会社を休んだり、寿退社したならお手上げになりませんか?。これからは自分でワープロ打てるくらいでないと、真のビジネスマンとは言えません。近い将来、コンピューターも職場に導入されてゆくでしょう。これは{女の仕事}と思っていては痛い目に合いますよ」といったお話に「なるほど」と私は痛感した。

 私がいた会社でも、企画書の清書はワープロによる女性社員の仕事であった。あの講演を聞く直前、私は文字通りの痛い目に合っていた。某広告代理店へ提出する企画書を作成していたのであるが、女性社員に原稿を渡すのが遅れ、提出日の朝になってしまった。会議は午後1時30分から。1時には社を出なければならない。朝出社した女性社員にワープロ打ちを頼むと、「あ、これならお昼には出来ますね」との返事。私は安心してタバコをふかして待つことに。ところが、正午になっても彼女の仕事は終わらない。「頼むよ、1時には出なきゃいけないからさ」と懇願すると、「え?!、ご飯抜きで仕事させるんですか!」と彼女はプイッと同僚とランチに出掛けてしまった。私は4分の3まで打ち終わったワープロ原稿をプリントアウトし、残りを丁寧に手書きした企画書をコピーして出掛けた。会議には間に合ったが、企画書を手にした代理店担当者に、「なんだこりゃ!」と大目玉をくらったのは言うまでもない。

 堺屋氏の講演を聞いた日から私は残業してマニュアルを見ながらワープロの猛特訓をした。一週間も経たずワープロを完全マスターし、男性部下にもワープロを自分で打つよう指示した。ちょっとした社内革命を起こした結果になり、まもなくパソコンが導入されても、いわゆる「女の仕事」にはならなかった。仕事の減った女性社員の一部は辞めていったが、意欲のある女性社員は自ら仕事を探し、男性社員と一緒になってカバンを抱えて外に出るようになった。当時四十代の上司たちは相変わらず、「○○ちゃん、これやっといて」とタバコをふかしていたが(笑)。

 あれから20数年、あの「○○ちゃん、これやっといて」、「昭和は良かったなあ」、「バブル時代は面白かったなあ」、「日本は相変わらずダメな国だなあ」世代こそが、堺屋さんが命名した「団塊の世代」なのであります。。。。

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by Patch_It_Up | 2019-02-12 11:29 | 本・映画・音楽

アンジェイ・ワイダ監督の遺作『残像』を観る

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 2016年に90歳で他界したポーランドの偉大なる映画監督アンジェイ・ワイダの遺作となった本作。第二次大戦後、ソビエトの衛星国となったポーランドは徹底的な社会主義体制を目指し、芸術分野に対しても「社会主義リアリズム」のみを認め反抗する芸術家、文化人を弾圧した。前衛画家で美術大学教授であるヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは体制に従うことを拒否し大学を追放、政府未承認の画家とされたが、最後まで信念を貫いた。

 ストゥシェミンスキは実在の画家で、シャガールやカンディンスキーとも交流を持つ国際的な画家であった。第一次大戦で片腕片足を失ったが、精力的に創作・執筆活動を続けるとともに教壇に立ち学生たちに芸術論を説いた。多くの学生、文化人に支持されていたが、第二次大戦後の圧政下では芸術家としてはもとより人間としても生き抜くことは不可能であった。驚くことに画材店で絵の具を購入することも店員に拒否されるのだ。1952年、肺結核により死去。現在の私と同じ59歳であった。ポーランドの共産主義体制は1989年まで続いた。

 このように共産主義革命の犠牲になった芸術家は世界中に数多くいたであろう。いや、今もいるのだ。ワイダ監督が最後にこの映画を遺したことの意義はあまりにも大きい。ぜひご覧あれ。。。。


by Patch_It_Up | 2019-02-10 17:32 | 本・映画・音楽

ドラマ『疑惑』

作品『『疑惑』の尾野真千子のワル顔にシビれる』 水彩・20×27cm

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 この一両日、当ブログのアクセス数が異常にアップし、何ごとかとレポートを調べた。すると、「ドラマ『疑惑』の尾野真千子のワル顔にシビれる」と題した6年前の投稿にアクセスが集中していた。ん~、なるほど日曜日に私も観ていたテレビ朝日のドラマSP『疑惑』の放送が影響したのだな。

 私が描いた尾野真千子は、2012年にフジテレビで放送された『疑惑』の一場面。この松本清張原作のドラマは、忘れた頃にどこかのテレビ局でリメイク放送される。元々は、1982年に野村芳太郎監督で映画化されている。当時私は上野の映画館で観たのであるが、弁護士役の岩下志麻と容疑者(鬼クマ)役・桃井かおりとのやりとりに観客が凍りついていた。この映画、脚本はなんと松本清張本人で、傑作にならない訳がなかった。

 2012版ドラマは、常盤貴子と尾野真千子コンビ、騙され役の老人は柄本明であったが、これがなかなかの出来で、映画版のテイスト、つまり清張ワールドを踏襲する秀作であった。

 先日のテレ朝版、鬼クマ役の黒木華の演技だけが印象に残る残念な作品であったな。津川雅彦さんの遺作になったことが誠に悲しい。無駄、邪魔な演出が多く、主役弁護士に知性のカケラも感じられない。そもそも、舞台を現在に設定したところに無理がある。携帯やSNSが普通になっている時代設定では清張文学の良さは表現できないことを証明したね。
 黒木華と余貴美子だけを残し、キャスティングを全面的に見直して、時代設定を昭和に戻し、泥臭い映画としてリメイクして欲しいなあと思った次第であります。。。。


by Patch_It_Up | 2019-02-06 10:42 | 本・映画・音楽

桂文枝師匠の絵本『落語で読む古事記・はじまりは高天原』

 新年の新聞広告で、桂文枝師匠の落語原作による古事記の絵本が発売されることを知った。『古事記・絵物語』に取組んでいる私は、「こりゃ、やられたかな」と思うとともに、日本神話の再考ブームの前兆かと期待も膨らんだ。

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 で、早速ネット通販で購入。32ページ、可愛いイラスト満載の幼児向け読み聞かせ及び小学校低学年向けの絵本であった。スサノヲノミコトが語り手となって、天地初発から自らが出雲の地に落ち着くまでの物語が、落語調のダジャレを交えて展開される。奇しくも私が三月三日に催すイベント『やまとごころ』での古事記朗読スライドショーと同じチャプターである。

 絵本『はじまりは高天原』は、非常に分かりやすく小さいお子さんのいるご家庭に広くお薦めできる古事記入門書です。しかし対象年齢上、古事記特有の性的・暴力的・示唆的表現は迂回されています。それに比べ、私の『やまとごころ』の朗読原稿はやや過激、中学生以上対象と言える内容です。その意味で『はじまりは高天原』とは、いわゆるカブらないと自負しております。

 三月三日の『やまとごころ』、乞うご期待!。。。。

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by Patch_It_Up | 2019-02-03 17:56 | 本・映画・音楽

素晴らしきアニメ映画『KUBO』と斉藤新一

I watched the American animation film “KUBO”(2016).

I was touched by Japanese folk tales made by Americans. They respect Japanese culture. I want people all over the world to watch this movie.

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 2016年製作、米国映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』、ティム・バートンの名作『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』と同じ手法のストップモーション・アニメーション映画である。

 米国映画でありながら、なんと日本の神話か昔話を描いたファンタジーであるが、いわゆる「Cool Japan」的な薄っぺらな日本趣味ではなく、日本文化への敬愛に満ちた深遠かつ重厚な作品であった。

 月の帝(古事記によるところのツクヨミと思われる)に一族を追放された少年・クボの冒険時代劇とだけ申しておきましょう。純和風な絵も音楽も素晴らしい。裏方として多くの日本人が各分野で監修に携わっているようだが、時代考証は良く言ってダイナミックである。それもこの作品の魅力のひとつ。

 私はこの映画を観て、とても懐かしい気分に浸った。それは何かとしばらく考えた末に、斉藤新一(1922-1994)という画家の作品を思い出した。パリ留学中に藤田嗣治に出会い、帰国の際「東北の良さを自分の画風にしなさい」と助言を得、以来東北の雪景色や津軽の瞽女(盲目の女旅芸人)などの絵を描き続けた。1970年代、斉藤画伯のリトグラフが人気となり、高校生だった私は青森市内の画廊で作品を直に見て非常に感動した。リトグラフ独特の深い色彩、鋭利な構図に衝撃を受けた。『KUBO』は私にとって動く斉藤新一作品であった。

 斉藤新一作「赫い陽」リトグラフ

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 映画『KUBO』、エンドロールに流れる和楽器を用いた「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」には泣かされます。クリスマス・お正月にぜひご家族でご覧くださいませ。。。。


by Patch_It_Up | 2018-12-22 20:30 | 本・映画・音楽